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東京地方裁判所 昭和23年(ワ)4322号 判決

原告 北令吉

被告 国

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、原告が昭和二十二年三月末日頃被告に交付した別紙目録<省略>記載の書籍を返還し、且つ金百万円を支払うこと。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨申立て、その請求原因として、

「原告は昭和二十二年四月二十五日施行の衆議院議員総選挙に立候補する為、同年三月中、内閣総理大臣に宛て資格審査の申請をしていたが、同月末日頃右審査を容易且つ迅速に進捗せしめる便宜上、訴外樋貝詮三を介して、被告の行政機関である中央公職適否審査委員会の事務局係官に対し、原告の所有する別紙目録記載の書籍を、他に雑誌「祖国」三冊(十二巻一号、七号、及び十三巻九号)とともに右委員会に審査資料として使用させるため寄託する旨を告げて提出し、同事務局係官はその旨を了承して之を受領した。仮に右提出に当り原告の代理人である前記樋貝詮三が右書籍類を寄託する旨を明示しなかつたとしても、特にその所有権を放棄し又は移転する旨の意思表示をしなかつた以上ここに原被告間に右書籍類について、寄託契約が成立したものと見るべきである。

而して右審査の結果、原告は同年四月二日附を以て内閣総理大臣から「昭和二十一年一月四日附連合国最高司令官覚書公務従事に適しない者の公職からの除去に関する件に掲げる条項に該当する者ではない」とする趣旨の確認書を交付されたが、内閣総理大臣は、昭和二十二年六月二十六日附を以て原告に対し前記覚書非該当確認を取消し、改めて覚書該当者と指定する旨を通告した。

原告は右指定に対し直ちに公職資格訴願審査委員会に訴願したが、右訴願を理由あらしめる証拠として、さきに資格審査の際提出した書籍類を提出する必要が生じた為、同年七月初め頃前記中央公職適否審査委員会事務局に対し、その返還を請求したところ、同事務局は同年九月頃前記雑誌「祖国」三冊を返還しただけで、別紙目録記載の書籍は未だに返還しない。

よつて原告は被告に対し、第一次的に所有権に基き、第二次的に寄託契約の終了を原因として、前記書籍の返還を求める。

尚原告の訴願は、昭和二十三年五月十日却下されたが、原告は被告が右寄託契約に基く返還義務を履行しない為、遂に前記訴願審査委員会に右書籍を証拠として提出することができず、その為に原告は右訴願を提起してからその却下に至る間右書籍を同委員会に提出して有利な判定を受ける期待を奪はれ、精神上多大の苦痛を蒙つた。

原告は明治四十一年早稲田大学文科を卒業し、大正七年より大正十一年まで欧米に留学し、主として政治哲学を研究し、帰朝後大東文化学院及び大正大学の教授となり、傍ら政治及び哲学等に関する著書論文等を公表し、又昭和十一年衆議院議員に当選以来引続き昭和二十二年まで五回当選し、その間訴外鳩山一郎等と共に日本自由党を組織し、その総務となり、昭和二十一年には同党の政務調査会長となり、第一次吉田内閣当時現行憲法制定の際には右日本自由党の主査となり、衆議院に於てはその委員となり更に同院本会議に於て同党を代表して賛成演説をする等、当時政治家として相当の地位と名誉とを有していた者である。

原告の右経歴に照すときは、原告の前記精神的苦痛に対する慰藉料は金百万円を相当とする。

よつて原告は被告に対し、前記書籍の返還請求に併せて、右金員の支払を求める。」と述べ、

被告の抗弁事実に対する答弁として、

「被告がその主張のように本件書籍類を連合国総司令部の要求に基き同総司令部に提出したこと、及びその主張のように再三返還を請求したにも拘らず、総司令部よりその返還を受けることができなかつたことは孰れも之を否認する。

仮に右事実が被告の主張の通りであるとしても、被告は前記書籍類を総司令部に提出するに当り、寄託者である原告の承認を得ていない。のみならず原告が前記公職適否審査委員会に於て覚書非該当に決したのは昭和二十二年四月二日であり、右により同委員会に於て本件書籍類を使用する必要がなくなつたのであるから、被告は原告の請求を俟つまでもなく、直ちに之を原告に返還すべき義務があつたものである。然るに被告が右義務を怠つている間に総司令部から提出要求があつたものであるから被告は右履行遅滞による責任を免れることができない。

仮に右の点に於て被告に遅滞の責を負はせることができないにしても、被告がその主張のように総司令部から原告の公職追放に関する覚書を受領し、前記公職適否審査委員会に於て再審査の上、原告を覚書該当者と決定した以上、被告に於ても、又総司令部に於ても、本件書籍類は用済となつたのであるから、被告は遅滞なく総司令部よりその返還を受けた上、之を原告に返還する措置を執るべきであつた。然るに被告は右措置を執ることを怠り原告より返還請求があるまで漫然之を放置していた結果、遂に総司令部よりその返還を受けられなくなつたものである。従つていづれにしても、被告には本件寄託契約上の義務違背があり、その為に本件書籍の返還不能が生じたものであるから、被告は右債務不履行に因る責任を免れることはできない。」と述べた。<立証省略>

被告指定代理人は主文第一項と同趣旨の判決を求め、答弁として、

「原告主張の請求原因事実のうち、原告がその主張の書籍類を訴外樋貝詮三を介して中央公職適否審査委員会事務局に提出するに当り、右書籍類を審査資料として寄託する旨を告げたとの点、右書籍の返還を受けなかつたので精神上苦痛をうけたとの点及び慰藉料の金額の点は否認するが、その余の事実は総て認める。

原告の代理人である右樋貝詮三は右提出に当り何等格別の意思表示をしなかつたものである。而して本件書籍類は客観的に見て価値の乏しい雑誌パンフレツトの類であり、且つ、原告は之を前記審査委員会の審査を容易且つ敏速に進める為の資料として提出したものであるから、特に反対の意思表示のない以上右提出により、原告は前記書類の所有権を放棄し或は之を被告に移転し、被告はその有所権を取得したものと解するのが相当である。

既に右書籍類と所有権が被告に帰属した以上、右書籍類について原被告間に原告主張のような寄託契約の成立する余地なく、従つて右所有権の存在乃至寄託契約の成立を前提とする原告の請求は失当である。」と述べ、

抗弁として、

「仮に原告主張のように、本件書籍類につき、原被告間に寄託契約が成立したとしても、右書籍類のうち別紙目録記載の書籍は被告の責に帰すべからざる事由に因つて滅失し、返還不能となつたものである。即ち前記中央公職適否審査委員会は昭和二十二年四月二日原告を覚書非該当者と決定し、同月九日その審査表を総司令部に送付したところ、同月末日頃総司令部より原告が同委員会に提出した審査資料を提出するよう要求を受けたので同委員会事務局は同年五月二日、本件書籍類を用済後は返却されたい旨の書面を添付して総司令部に提出した。然るところ同年五月二十六日附で総司令部より被告に対し「原告は指令第五百五十号附属AOG項第三の条項に該当する好ましからざる人物として公職から追放さるべき者である」旨の覚書を送付して来たので、前記審査委員会に於て原告の資格を再審査の上、同年六月二十六日原告に覚書該当者と決定した。

而して本件書籍類については同年七月初め頃原告より右審査委員会事務局に対し返還方の請求があつたので、同事務局は遅滞なく総司令部に対し返還方を交渉し、其の後引続き再三交渉をしたが総司令部よりは、前記雑誌「祖国」三冊の返還を受けただけで、其の余の書籍については遂に返還を受けることができなかつた。被告が再三返還の交渉をしたにも拘らず総司令部よりその返還を受けることができなかつたところより推せば、前記書籍は総司令部に於て保管中に滅失したものと見るの外ない。総司令部に保管中生じた事故は被告の意思活動の範囲を超えた分野に於ける事件であると言う意味に於て不可抗力と同視すべきである。

以上の次第で被告は現に本件書籍を占有していないから、既に此の点だけからでも、原告の所有権に基く返還請求は失当である。又右書類は既に滅失し、その返還は不能の状態にあるから、此の点からも原告の所有権に基く右請求は理由がないし、寄託契約の終了を原因とする返還請求も亦理由がないこと明かである。

被告が本件書籍類を総司令部に提出する際予め原告の承諾を得なかつたことは認める。然しながら公職追放の手続は形式的には内閣総理大臣が取扱つているが、連合国最高司令官は右手続の如何なる段階に於ても介入する固有の権限を有しているものであるから、その要求がある場合、被告としては之を拒絶することはできないし、原告としても総司令部に於て、審査資料の提出を被告に対して要求することがあるだろうと言うことは、本件書籍類を被告に提出する際に十分予見することができた筈であるから、かような場合に、予め原告の承諾を得なければならない理由はない。

又公職追放に関する審査手続は、中央公職適否審査委員会が覚書該当非該当を決定すると同時に終るものではなく、少くとも同委員会が調査表を総司令部に送付し、総司令部が之を検討している間は、右委員会の決定は謂はば浮動の状態にある訳であるから、その間に総司令部から審査資料の提出要求があれば被告としては之に応ずるのが当然である。本件に於ても、未だ審査委員会の決定が浮動の状態にある間に、総司令部より本件書籍類の提出要求があつたものであり、被告には何等返還遅滞の責任はない。

更に、被告が前記昭和二十二年五月二十六日附覚書に基き、右委員会に於て再審査の結果原告を覚書該当者と決定した同年六月二十六日以後直ちに総司令部に対し改めて前記書籍類の返還方を申入れなかつたことは認めるが、被告は同年七月初め頃原告より返還請求を受けた後直ちに総司令部に対して返還交渉を開始して居り、この間遅くとも二週間を出ていない。而して被告は前記のように、さきに右書籍類を総司令部に提出した際用済後は返却されたい旨の書面を添付して居り、且つ、当時総司令部に於ても、用済後は被告の格別の請求を俟たないで、審査資料として提出した書籍等を被告に返還する取扱になつていたのであるから、被告の総司令部に対する右返還申入は遅滞なくなされたものと見るのが相当である。

従つて被告には何等本件契約上の義務違背はない。右のように本件書籍の返還不能は被告の責に帰すべからざる事由に因るものであるから、被告は本件寄託契約上の債務不履行に基く損害を賠償する義務はない。」と述べた。<立証省略>

三、理  由

先づ原告の本件書籍(別紙目録記載のもの)返還請求について判断する。

原告は昭和二十二年四月二十五日施行の衆議院議員総選挙に立候補する為、同年三月頃内閣総理大臣に宛て所謂資格審査を申請し、ついて同月末日頃右審査を通過せしめる目的で訴外樋貝詮三を介して、被告の行政機関である中央公職適否審査委員会事務局の係官に対し、その所有に係る本件書籍類(別紙目録記載の書籍の外、原告主張の雑誌「祖国」三冊を含む)を任意に提出し、同委員会事務局係官が之を受領したことは当事者間に争がない。

原告は右書籍類提出に当り、之を審査資料として寄託する旨を明示したと主張するけれども、証人樋貝詮三の証言によつても未だ右事実を認めるに足らず、他に之を認めるに足る証拠はない。

然るに原告は右明示の意思表示がなくても、特に原告がその所有権を放棄し、或は之を被告に移転する旨を明示しない限り右書籍類の提出受領により原被告間に寄託契約が成立すると主張し、之に対し被告は、原告が特にその所有権を自己に留保する旨を明示しない以上、原告は右提出に当りその所有権を放棄し或は之を被告に移転したものと見るべきであり右受領により被告はその所有権を取得したものであると抗争するので、以下此の点について考察する。

前記証人樋貝詮三の証言によれば同人は原告より単に本件書籍類を審査資料として前記審査委員会に提出することを依頼されたに止まり、特にその所有権を放棄し、或は之を被告に移転する旨の意思表示をすることを依頼されたことはないこと、及び同人も右書籍類提出に際し、その所有権の放棄乃至移転に関し何等格別の意思表示もせず、又特にその所有権を原告に留保する旨を明示もしなかつたことが認められ、又成立に争いのない甲第二号証の一乃至三に証人大田嗣、同清水立雄の各証言を綜合すれば、前記審査委員会事務局に於ては、提出された審査資料は提出者が特にその所有権を放棄する旨を明示しない限り、一般的に之を提出者に返還する取扱をしていたこと、殊に本件書籍類については、昭和二十二年五月初め頃連合国総司令部の要求に基き、前記委員会より総司令部に提出したが、その際右委員会事務局係官が、特に用済後は返却されたい旨の符箋を一々の書籍に添付し、後覚書該当者の指定後間もなく原告より右書籍類の返還請求を受けると直ちに之に応じ、総司令部に対し返還交渉を開始していることがそれぞれ認められる。

以上の事実に、右書籍類のうち、原告主張の雑誌「祖国」三冊を、被告が原告に返還したと言う当事者間に争いのない事実を綜合して考察すれば、原告は、その所有権を自己に留保したまゝ、前記審査委員会に対し、右書籍類を審査資料として使用させる為提供したものであり、右委員会はその趣旨を諒承して之を受領したものであると認めるのが相当であるから、こゝに原被告間に、右書籍類に関し合意に基く一の法律関係即ち契約が成立したものと言うことができる。

被告は右書籍類が客観的価値に乏しい雑誌パンフレツトの類であることを以て原告がその所有権を放棄した証左と見るべきであると主張するけれども、単に客観的価値の少いものを提出したからと言つて、それだけで直ちに提出者が所有権を放棄したと見るのは早計であり、右の一事だけでは、未だ以て前記認定の契約の成立を否定し、被告の主張を認める訳には行かない。他に前記認定を覆し、被告の主張を認めるに足る証拠はない。

従つて被告は前記契約の趣旨に基き本件書籍類を使用することができるとともに、その占有中は之を善良なる管理者の注意を以て保管し、被告に於て右書籍類を使用する必要が消滅したときは、速やかに之を原告に返還すべき義務を負担するに至つたものと言うべきである。

尤も右契約は、右書籍類の使用という面に着目すれば使用貸借契約に、又その保管という面よりみれば寄託契約に類似しているけれども、右使用及び保管はいづれも公職追放審査という公の目的の為になされるものであるから、右契約は公法上の契約であつて私法上の契約でないと解すべきであるのに原告が之を寄託契約と主張しているのは誤であるが、それは畢竟法律上の見解を誤つたに過ぎず、このことだけで原告の請求を排斥し去ることはできない。

よつて進んで本件契約が終了したかどうかの点について考えて見ると、前記資格審査の結果、原告が内閣総理大臣から昭和二十二年四月二日附を以て、昭和二十一年一月四日附連合国最高司令官の覚書に該当しない旨の確認書を交付されたが、同年六月二十六日に至り右覚書非該当確認を取消され、覚書該当者と指定する旨の通告を受けたことは当事者間に争いがなく、又成立に争いのない乙第一号証の一、二に前記証人太田嗣の証言を綜合すれば、前記公職適否審査委員会に於ては、昭和二十二年四月二日原告の公職資格について審査の結果、覚書非該当の判定を下したので直ちにその旨を内閣総理大臣に通達するとともに、原告が提出した調査表にその旨を記載し、その正本を連合国総司令部に送付したところ、前記のように総司令部から原告に関する審査資料の提出要求があり、ついで同年五月二十七日総司令部より内閣総理大臣に宛て右非該当確認を承認しない旨を通達して来たので、右委員会は更に原告の公職資格について審査を遂げ、同年六月二十六日、右非該当の判定を取消し、原告を覚書該当者とする旨の判定を下すに至つたことが認められる。

以上の事実によれば、右審査委員会の原告に対する資格審査手続は、同委員会が総司令部の通達に基き再審査の結果原告を覚書該当者と判定した前記六月二十六日を以て終了したものと認められるから同日本件書籍類を使用する必要も消滅し、本件契約は終了したものと言うことができ、従つて特別の事情のない限り、原告は被告に対し、所有権に基き或は右契約の終了を理由として、本件書籍の返還を請求し得べき筋合である。

然るに被告は右書籍は昭和二十二年五月初め頃総司令部の要求に基いて之を提出したところ、総司令部は被告の再三の懇請にも拘らず之を返還しないので、被告は現に右書籍を占有していないのみならず右のような事情によつてその返還は履行不能であるから原告の返還請求に応じられない旨抗弁しているので次に此の点について判断を加えることとする。

先ず、前記審査委員会事務局係官が、被告主張の日時頃総司令部の要求に基き本件書籍を前記雑誌「祖国」三冊とともに総司令部に提出したこと、及び後に原告より返還請求を受けると直ちに総司令部に対し右提出書籍類の返還交渉を開始し、右雑誌三冊の返還を受け、之を原告に返還したことは、既に認定したところである。

右認定の事実に前記証人太田嗣同清水立雄同角野義雄の各証言を綜合すれば、前記審査委員会に於ては右書籍類を総司令部に提出したまゝ、その返還を受けることなく、前記のように原告を覚書該当者と判定し、その旨を内閣総理大臣より原告に通告したところ、原告が之に対し公職資格訴願審査委員会に訴願し、右訴願を理由あらしめる証拠として、本件書籍類を同委員会に提出する為に、昭和二十二年七月初め頃前記公職適否審査委員会事務局に対し、右書籍類の返還を請求して来たので、右事務局係官は 直ちに、直接に又は終戦連絡中央事務局を通じ総司令部に対し、右書籍類の返還方を懇請し、爾後再三交渉した結果、同年九月頃に至り漸く前記雑誌三冊のみは返還を受けることができたが爾余の書籍即ち別紙目録記載の書籍については再三の交渉にも拘らず同年十二月頃になつても返還を受けることができなかつたので、己むを得ず右返還交渉を打切つたことが認められる。証人遠山健彦の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して信を措き難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、本件書籍の占有は、前記審査委員会より総司令部に移転したものであること明かであり、総司令部の占有は、被告の機関としての占有と見ることはできないこと勿論であるから、被告としてはもはや右書籍を占有していないものと見るのを相当とするから、原告の本件書籍の所有権に基く返還請求は理由がないものと言わねばならない。蓋し所有権に基く物の返還請求権は所有権が侵害せられた為其の内容に適合しない状態を生じた場合に、その状態の回復を請求する権利(所謂物権的請求権)であるから、その請求を受けるべき相手方は現に所有権を侵害している者でなければならないからである。

更に連合国総司令部が被告に対し、前記のように本件書籍類の提出を要求したのは、その最も基本的な占領政策の一つである公職追放による我が国の精神的非軍国化政策を遂行する必要に基くものであること明白であるからこれを占有していた被告としてはその要求を拒むことができないのは勿論、一旦之を総司令部に提出した以上、総司令部が不要と認めて任意に之を返還しない限り、被告より総司令部に於ける右書籍使用の要否を判断して、その返還を請求する権利も有しないものと言うの外ない。

而して右書籍類のうち、本件書籍(別紙目録記載のもの)は被告の再三の懇請にも拘らず、総司令部よりその返還を受けることができなかつたことは前記認定の通りであるから、被告が右書籍を総司令部から取戻した上之を原告に返還することは客観的に見て履行不能の状態にあると認めるのが相当である。

従つて本件契約の終了を理由とする原告の本件書籍返還請求も亦理由がない。

よつて次に原告の慰藉料の請求について判断する。

右慰藉料は、すでに認定した通り原告と被告との間に前記雑誌祖国三冊を除く書籍について成立している使用貸借乃至寄託に類似する公法上の契約による右書籍の返還義務の不履行を原因とする請求であること明かであるが、公法上の関係において国が損害賠償の責任を負うのは、法律に明文の定があるか、乃至は、公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えた場合でなければならないことは、国家賠償法第一条及び第五条の規定するところである。しかるところ、本件法律関係について被告が直接損害賠償の義務を負う旨の法律の明文の定あることなく、又次に認定するように被告国の関係係官において職務を行うについて故意又は過失によつて右返還不能を生ぜしめたとも認められないのである。

すなわち、被告が右書籍を昭和二十二年五月初め頃総司令部の要求に基き提出したこと、右総司令部の要求は被告が拒むことのできない性質のものであること、本件契約終了後同年七月初め頃原告より被告に対し右書籍の返還請求があり、被告が直ちに総司令部に返還交渉を開始し、爾後同年末頃まで再三交渉を継続したがその結果は不成功に終つたこと、以上の事実より見て、本件書籍の返還は客観的不能の状態となつたと見るべきものであることは既に認定したところであり、右認定の事実よりすれば、右返還不能は特別の事情のない限り被告の係官の責に帰すべからざる事由に因り生じたものと認めるのが相当である。尤も前記認定のように本件契約が終了したのは昭和二十二年六月二十六日であり、被告の係官が総司令部に対して本件書籍類の返還交渉を開始したのは同年七月初め頃であるから、其の間凡そ十日内外の日数が経過しているけれども、被告の係官が総司令部に対し右書籍類を提出する際特にその一々の書籍に用済後は返却されたい旨の符箋を添付していることは既に認定したところであり、又、前記証人清水立雄同角野義雄の各証言によれば、総司令部に於ては従来被告より提出を受けた審査資料は、被告より格別請求しなくても、用済後は之を被告に返還する取扱をしていたこと、及び当時国会議員都道府県知事等の一斉選挙が施行せられた為、追放関係の審査事務は多忙を極め総司令部より被告に対し提出を要求せられる書籍等審査資料も相当大量に上つていたことが認められる。

右のような事情の下に於ては、被告の係官が右契約終了後直ちに総司令部に本件書籍類の返還を請求しなかつたからと言つて、被告の係官に故意又は過失があるとして被告に履行遅滞の責任を負わせることは当を得たものではなく、右事情を考慮した上客観的に相当と認められる期間内に被告の係官が右返還交渉を開始しなかつた場合に於てのみ、被告に右遅滞の責を負わせるべきものたることは前記判示したところによつて明かである。

この見地に立つときは、被告の係官が前記七月初め頃総司令部に対し本件書籍類の返還交渉を開始したのは、右契約終了後相当期間内になされたものと認められるから、結局右の点に於ても被告側に非難すべき点は見当らない。

原告は「仮に被告が本件書籍類を総司令部に提出したとしても、被告は右提出に当りあらかじめ原告の承諾を得ていないから、右の点に於て被告に本件契約上の義務違反がある」旨主張し、被告が右提出に際し、特にあらかじめ原告の承諾を求めなかつたことは被告の自認するところではあるが、右書籍類は被告の拒み得ない総司令部の要求により提出したものであることは既に説明したところにより明かであり、且つ、被告が右書籍類を資格審査の資料として総司令部に提出することは、原告の被告に対する本件書籍類提出の趣旨に副うものであつて、少しもこれに反するところがないから、被告が総司令部に対し右書籍類提出の際、改めて原告の承諾を求める必要は少しもないと言わねばならない。原告の右主張は採用できない。

尚原告は「前記公職適否審査委員会に於て原告に対し覚書非該当の判定を下した昭和二十二年四月二日限り、被告に於て本件書籍類を使用する必要は消滅し従つて本件契約は同日終了し被告は右書籍類を原告に返還すべき義務があつたのに被告の係官において之を怠つている間に総司令部から提出要求があつたものであるから、被告側に返還義務の履行遅滞がある」旨主張しているけれども、前記審査委員会の判定は終局的なものではなく、同委員会が総司令部からの通達に基き之を取消し、再審査をしていることは既に認定したところにより明かであるから原告主張の右日時に本件契約が終了したと認めることは到底できない。

従つて右日時に本件契約が終了したことを前提とする原告の主張は失当である。

果して、然らず本件書籍は被告の係官の責に帰すべからざる事由に因り、その返還不能となつたものと認めるのを相当とするから、被告は本件契約上の義務不履行に因る損害賠償責任を負担しないものと言うべきである。

よつて原告の本件慰藉料の請求は、其の余の点について判断するまでもなく理由がないこと明かである。

以上の次第であるから、原告の本訴請求をいづれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用の上、主文の通り判決する。

(裁判官 小川善吉 高島良一 村上悦雄)

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